所在地・・・妙見町
この宝篋印塔は大正5年(1916)に妙見中宮跡地から泉水開堀の際偶然出土したもので、その中宮跡地は親王墓からわずか200m余りの中宮川上流の地にあります。
塔は宮内省によって補修が加えられ、大正8年に玉垣の中に奉安されました。
この塔には「天授第七辛酉の歳 霊照院禅定尼のために 生死を出離し仏果円満なり乃至法界有情平等利益を蒙る」の銘がみられます。
また「願主天心叟(懐良親王の別名)彫巧禅秀比丘」の11文字も彫ってあり、ともに親王御自筆の悟真寺御霊牌とまったく同じ筆跡です。
塔の高さは136.7cmです。「天授第七辛酉の歳」は弘和元年(1381)に当たり、奉納供養されたものと考えられています。
名称・・・・・・・・・懐良親王御自筆銘の宝篋印塔(かねながしんのうごじひつめいのほうきょういんとう)
指定ランク・・・・市指定
種別・・・・・・・・・有形文化財・建造物
指定年月日・・・昭和38年4月20日
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