所在地・・・植柳元町

この塔は、本来十三重塔で、現在は二重が失われ十一重の塔になっていますが、高さ6.6m以上におよぶ堂々とした鎌倉時代の塔です。
各層の塔身の四面には四方仏をきざみ、軒裏には隅木や垂木を造り出し、四隅の隅木の先には目をむき牙を出した鬼面を彫刻しており、鎌倉時代の力強さと写実性がよく表現されています。
また、朱による彩色の跡もみられます。初層の塔身には「・・・寛喜二年(1230)庚寅十一月日 大檀那沙弥浄心 並藤原氏 大工兼仏師幸西・・・」の銘があり、制作年代・建立者・工人などがわかる鎌倉初期の代表的石造多層塔の一例として、非常に貴重なものです。
この塔は、球磨郡湯前町の明導寺(現在は城泉寺といいます)にあったものをここに移したもので、現在明導寺九重と七重石塔もそれぞれ国指定の重要文化財になっています。
【銘文】
初層塔身に陰刻銘
「(奉)造立十三重石塔
右為滅罪生善乃至法界
(平)等利益造立如件
寛喜二年庚寅十一月日
大檀那沙弥浄心
並藤原氏
大工兼佛師幸西
小工榮幸
行事藤原頼忠 源光吉
鍛冶末正
院主金剛佛子念西」
名称・・・・・・・・・十三重塔(じゅうさんじゅうとう)
指定ランク・・・・国指定重要文化財
種別・・・・・・・・・有形文化財・建造物
指定年月日・・・昭和8年1月23日
法量・・・・・・・・・高さ 6.62m
制作年・時代・・1230(寛喜2)年・鎌倉時代
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