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文化財さんぽ(8) 平山瓦窯跡 ~麦島城の瓦を生産した窯の跡~

最終更新日:

 

文化財さんぽ⑧ 

平山瓦窯跡
(ひらやまかわらかまあと)

〜麦島城の瓦を生産した窯の跡〜

   ◆国指定史跡
   ◆平成26年3月18日指定
   ◆平山新町

 肥薩おれんじ鉄道下り線に乗って、肥後高田駅を過ぎると、すぐ左手に見えてくるのが、この「平山瓦窯跡」です。
 ここは、今から約400年前(江戸時代の初め頃)、瓦を焼くための窯があったところで、平成5年の南九州西回り自動車道建設工事に伴う発掘調査で見つかった遺跡です。
 この場所からは、3基の窯跡と大量の瓦片が出土しました。瓦には、加藤清正が用いた桔梗(ききょう)紋や、八代城代を務めた加藤正方が用いた酢漿草(かたばみ)紋などがついていたこと、この場所から約3キロ離れた麦島城跡で同じ文様の瓦が発見されていることなどから、八代が加藤領となった慶長5年(1600年)から、麦島城が地震で崩壊した元和5年(1619年)にかけて、麦島城の建物に用いる瓦を焼いた窯であった
と考えられます。また、当時はこの付近まで海が迫っており(「船川内」の字名が残る)、ここで焼いた瓦を船で運んでいたと推定されます。
 窯の形は、その外観が「だるま」に似ていることから、だるま窯と呼ばれますが、現在では全国的に残っているものが少なく、平山瓦窯跡は、生産年代と供給先がはっきりしている、また、日本の伝統的な瓦作りの技術を知ることができる重要な遺跡として、熊本県史跡に指定されています。現在、地中に保存された窯跡の上に「だるま窯」が復元され、瓦作りの様子を学ぶことができます。

平山瓦窯跡.JPG だるま窯内部.jpg
平山瓦窯跡/だるま窯を復元 だるま窯の内部構造

酢漿草紋瓦.jpg
平山瓦窯で焼かれた酢漿草紋瓦
(麦島城跡出土)
 
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